今回は自己親密さの4つの柱に関するシリーズ第三弾である。隣人を自分自身のように愛することについて、自分自身のニーズを満たすこと、個人の基準を維持することの重要性について話してきたが、今回は境界線について理解してもらいたい。男女を問わず、あらゆる場面で境界線を侵害されている人々は多い。
彼らはみすみす他人が境界線を越えるに任せている。これは境界線を越える方に問題があるのか、それを許す方に問題があるのか?いずれにせよ、なされるがままにしている人間を尊敬することはできないだろう。自分自身が利用されることを許してはならない。それが個人的な境界線の目的である。
自分の個人的な基準があれば、最終的に自分が何を望んでおり、何を探しているのか理解できる。それらの基準に対する責任を自らに課すことは、成熟の大きな兆候である。境界線は、他人をそのような基準に従わせるためのものである。人は人生で何度も傷つき、それによって境界線ができる。あるいは、境界線を構築したり維持する方法が分からない場合もある。自分の個人的な基準を作ったら、それを家族、友人、恋人など身近な人々に適用し、境界線を確立する必要がある。境界線とは、人生で他人を抑制する手段である。
あなたの家で「煙草禁止」というルールがある場合は、他者にもそれを強制するだろう。このルールがいかなる形でも違反されることを許してはならない。異性と付き合う時にコンドームを着用するとか、血液検査を受けて病気を持っていないか確認するという境界線があるかもしれない。境界線とは、許可しない限り、誰かに不適切に扱われることを許さないためにある。そして境界線の根源は、あなたが作り上げた個人的な基準に由来する。
誰もが個人的な境界線を持つ必要がある。酒・煙草・薬物・ギャンブルを好む人間もいるが、個人的な基準を設けてそれをやらない人々もいる。子供たちには自分を守る力がないので、性的虐待や身体的虐待から彼らを守る必要がある。もし子供時代にその境界線を尊重してもらえれば幸運である。自分自身の基準を構築して近しい人々を受け入れ、個人的な境界線を彼らにも守ってもらう。親が子供にこれを守らせないと、成長してから他人の境界線も無視するようになる。
なぜ人々が他人に敬意を払えないかと言うと、本人が自尊心を持っていないからである。個人的な境界線を強化するための自尊心に欠けていると、人々はやりたい放題になる。彼らはあなたを尊重しないだろう。生産した以上に消費する、質の低い男性は尊敬されない。そういう男性と付き合うのは、基準が低く境界線のない女性である。自分のニーズを満たすことに責任を持たない女性かもしれない。そして、そのような女性を崇拝し、承認を求める男性は大勢いる。子供時代に母親や、女性が多数派である教師によって、女性を喜ばせる訓練をされているせいもある。最終的に、女性は男性に対する敬意を失う。この問題を解決するのが、個人的な境界線である。
女性に愛情を注ぐことは重要だが、自尊心を犠牲にしてはならない。女性の方は男性に利用されないようにする必要がある。彼らが自分を尊重しておらず、高貴でもないなら、報酬を与えるべきではない。そのような男性に対してできることは、彼らをゴミ箱に捨てることだけである。「私の愛の力で立ち直らせて見せる」などと思ってはいけない。稀にそういうことも起こり得るが、確率は低い。
あなたが個人的な境界線を強いれば、人々はあなたを尊重せざるを得なくなる。「愛されるよりも恐れられる方がいい」とマキャベリも言っている。特に男性にとってはそうだろう。女性は男性に愛されたいがために、ないがしろにされても関係を続ける場合がある。個人的な境界線を強化すると関係が崩壊する可能性があるが、自尊心は守られる。
自己親密性の4つの柱は、自然に身につくものではない。まず自分のニーズを特定し、それを満たすように努めなければならない。そしてそのニーズを守るために、個人的な基準を構築する。これによってニーズを満たす自分の能力に責任を負うことができる。さらに他の人々がそのニーズを満たすことを妨げないように、境界線が必要である。あなたには個人的な主権がある。個人よりも国家、あるいは自分が属する集団に主権があるかのように錯覚していないだろうか?どこにいようと、第一の主権者は自分自身である。
自分の境界線を譲らないことで、主権を確立できる。両親が境界線を尊重しないと、大人になってもそれが普通だと思いがちであるが、問題はあなたが自分自身に責任をもって境界線を守っていないことにある。人々があなたを愛するためには、自己親密さを保ち、自分自身を愛する必要がある。そのためには行動で示さなければならないが、その方法が個人的な境界線である。その結果、他人があなたを愛さなかったとしても、あなたは自分自身を愛さなくてはならないことを、覚えておいて欲しい。
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